仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

洗脳とは何か

■「普通の人は、〇〇と考えるのです。」というコンサル。

有名人を広告塔に使う時、考え方の素地を書き換える事でコンプライアンス(リスク回避・従順化)する。その延長で、個人を無意識のうちにディレクト(方向付け)するマウント(主導権)取りを仕掛ける。それが最も警戒すべき現代の洗脳ビジネスである。

個人が殺される。人権の無視。表情から個性やwill(意志・未来・志向)が消え、軽薄な顔つきになってしまう。

声や喋る内容に深みが消え、絶叫と偏見に終始してしまう。

テレビ報道に携わる人間たちがこの毒牙にかかり、アナウンサー、スポーツ解説の強烈な劣化を目の当たりにさせられ、この侵攻の深刻さを憂い、今後を恐怖する。

これを回避する有効な方策を、私は始め、思考の免疫を持つ為に多考すること(仮説を沢山生成する)ことだと考えた。しかし、必ずしもそれが功を奏していない状況がある。洗脳に極度に弱いその状況とは、孤独と孤立の様だ。しかし、この孤独と孤立の状態にあってもなお、正しさをキープしている者もいる。そこに多考がある。人間はこのふたつを潜在的に知っていてバランスを取っているようにも思える。つまり孤立した人は防衛的に思考を選ぶ。そして思考を深める時、人は孤独を選ぶ。

そしてここに、ひとつ危険な状況を見た。充分な時間やバリエーション生成をかけないで思考をし、集団の中にいるのに孤立した状態にある人物はとても弱く危険であるという事だ。ここには、頭の良し悪しも知識の深さも関係が無い。そういう状況に洗脳をビジネスとする奴らは寄って来る。