仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

検察庁法と陰謀論

陰謀論というかそこまで大それたことではないが「一般に言われている事は、大抵真実に反する。」という事に「狂信」している人が近年増えてきている。テレビが信じられない、朝日新聞が信じられない、マスコミがー、は皆その同根だろう。

事実、インターネットの登場で既存メディアは軒並み本業での収入減に見舞われている。イノベーションで本業が収入源に見舞われるのは、イノベーションの起こる経済競争下では企業組織の寿命が我々が思い願うより短い事に理由がある。つまり、潰れるべき道理がある。しかし、優秀な人材を集めて巨大化した旧態組織はなかなか死ねない。特に日本の様な執着の強い土壌では。

NHKひとつを見ても、新しいルールに既存の倫理を貫徹させながら適応させるのは難儀な様だ。しかも失敗して叩かれている。デジタル放送しかり岩田解説しかり。

メディア不振の根本的な力学はそこにある。それは時代と呼べるほどのムーブメントになっている。

これに乗るのは、言い訳をする人々だ。

「一般に言われている事は、大抵真実に反する。」周知を否定する人々は警戒する人達だ。それ自体に罪はないがよく失敗を犯して、不安や神経症に襲われる。

それと同時に、周知の否定は、自身の罪の否定に用いられる。自己正当化、つまり言い訳だ。

ここに真の注意が必要。

この上のレイヤーに、愉快犯のフェイクニュースステルスマーケティングが重なってくる。

何度も書いているがフェイクニュースは次の3つに分類して思考すべきだ。

・思い違いや取材不足の間違ったニュース

・冗談としての記事

マーケティングと商売

上の二つはしょうがない。しかし最後のマーケティングには注意が必要で、それが本当に社会と人のためになるのか吟味が必要だ。特に政治的煽動と世論形成に使われているものには。

 

話題の

#検察庁法改正案に抗議します

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公務員の定年延長問題というより、アベ政権下で表出した幾つもの疑惑、それらが起訴される事なく司法で善悪が立証される事なく、よく分からないままに消えていったこの7年間の政治の総括に関わる。マスメディアの取材を司法が検証する事を放棄した。その中心人物が黒川検事長だという側面が否めない現状をどう理解するかという問題だ。

アベ政治の問題点の一つに、ヤフコメや2チャンネルを民意のベースと捉え、政権運営を行った事がある。しかもその陰で、官僚が自分でコメントを書き込む自作自演が機構化して、書き込みに人を雇う電通政治が発生していたと噂されている。それを利権誘導の為に売買していた様だという記事まである。

インターネットの登場で第五の権力の登場が謳われたが、実際起こったことは、真偽不明の情報爆発と情報操作によって、既存の権力構造の均衡は崩れ、第一の権力が、第四の権力メディアを掌握するかの様な事態に陥ってしまったことだ。

示された反対する意思表明は、定年延長や提起された改正案の中身よりも大きいレベルでの反意だと思う。