仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

死ぬだろう

■若い子育て中の女性に、保育園増設の要望書に署名をお願いしたところ「うちは入れたので結構です。」と断ったと言う。この発言には圧倒される。

しかし何処となく「幼稚絵落ちた日本死ね」と「うちは入れたので、結構です。」は似た態度の様にも思える。二つは裏表の関係にあり態度は同根のものではないだろうか。

もう一歩踏み込んで考えてみたい。より毒性が強いのはどちらか?それは他者に共感しない事を心に誓ってしまい固着化した「うちは入れたので、もう関係ない」という態度だ。

これは今、日本全土に蔓延している復活できない根本原因を見ることができる。

泉佐野に代表されるふるさと納税という税金の奪い合いゲーム。結局政府と結託した(アホな経産省を騙した例の詐欺師たち)にマージンとして多額の費用を奪われた。

貧困問題も、就職問題も、人材不足も、年金問題も、皆、「俺が臭い汁啜って生きてきたんだから、お前も俺と同様に苦労しろ」という人間としての道徳観、正義感の歪みが問題なのだ。

この態度では社会は遠からず死ぬだろう。

つける薬があるとすれば、小学生にエミールと論語を正しく教えることだと思う。しかし古典は誤読の塊だ。思いやられる。