仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

放射能オリンピック

論語を読むとわかるのは孔丘のヒューマニストな一面だ。馬屋が焼けた話、弟子の死での狼狽ぶりや、死後の世界の話。しかし、基本的解釈が戒律を強制する内容になっていることに齟齬があり違和感を感じる。意図的な曲解が成されているのではないか?誰もがそう思うだろう。自分は最初、江戸幕府によるものだと理解していたが違った。明治時代、論語を誘導的な訳仕方で勢力を広めたカルト新興宗教があった。明治政府とも関わりが深いあいつらだ。

 

日本を貶める?危険の可能性を喋る事が?そんなわけがない。誰が売国奴なのか見誤ってはいけない!

もう引き返しがつかない絶望的状態に陥った時、現実を直視できるかどうか。それが問題なのだ。

安倍晋三は、嘘をついた。

オリンピックを招致する為に、人の道をいとも容易く踏み外して見せた。これは小人の行いで君子はしてはいけない事だ。手に入れる為にはしょうがないではない。駄目なものを駄目としないのは一同の危機を招く。

どんなに頑張って応援しても、道理には逆らえない。だから現実を直視して正しい判断をしないともっと悲惨な事態を招く。

 

大丈夫なのだとしても駄目なのだとしても、情報を徹底して公開しなくてはいけなかった。放射能の測定ポイントを減らしたのは駄目だ。「愚民はバカだから曖昧な情報は教えない」という態度と考え方そのものが統治の仕方として問題なのだ。これでは後進国でも下階層に匹敵する。

金メダルの数が増えても、これでは勝てない。詐欺やチンピラ小人の手口による国家運営では。

今起こっていることを思えば、民主党政権下の方が遥かにマシだった。