仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

攻略可能ゲーム倫理

■ゲーム倫理はコンピューターゲーム設計に対する倫理とする。

ゲームは攻略不可能や攻略困難であることが、商業的有意性をもつが、本来人間の幸福にこの著しい難易度は寄与していない。ゲームに対する要求は、課題の克服、超克であってその瞬間に得られる達成感(エンドルフィン)のみとなっている。

課題が攻略困難であればあるほど、その達成と後に受け渡される快楽的報酬の量は増える。

自然は攻略可能ゲームに分類できる。人間はこの自然というゲームに特化して進化をしてきた。農業も同じであろうし労働も同じであろう。

ゲームは周回性を帯びるものがほとんどであるが、体得すると快楽報酬は減る。

 

人がデザインするべきゲームは、この快楽報酬の最大化を目指すものだけで良いのだろうか?そこに社会的意義はあるのか?おそらく無い。

我々が設計するべきゲームは、そのゲームの副産物によって社会的変革が生み出されるような攻略可能ゲームで、個々人の快楽報酬最大化を目指した攻略困難ゲームではないのではないだろうか?