仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

天皇制は廃止すべきではないか

■遂にエントリーが100に達した。意外と書けるものだ。この間、60年代〜90年代に世界をトップで牽引した我らが誇る電子立国日本が、見た目はほぼ変わらぬまま気がつけば経済がシュリンクし民主的にも後退し、国会、ネット、地上波テレビで「なんだ?コイツ?宗教にでも犯されたか?」と思わざるをえないような奇妙奇天烈なバカ発言を垂れ流すアホ共を眺めねばならぬ状態になってしまった根本原因はなんだったのかを考えて来た。

電磁波が脳に与える影響や、大量生産される食品のDNA破壊又は放射能を含む公害の数々は立証することが難しいので此処では扱わないとして…。

ひとつは世界的にイデオロギーの再編が起こり、冷戦が新しい電子メディアを使った情報戦争に転移したこと。そこに登場するのが世界家族会議や福音派、それらに絡め取られる知恵遅れのヘイト野郎共(反知性主義)。奴らが組織されコンテンツビジネスの一つとして回り始めている事実。そこの日本支部が存在するのではないかという外部的要因の仮説。

そしてもうひとつ、日本人を覆うこの神経症的な不安が未来に対する内発的要因によるものでは無いかと仮説した。

腐れた職場が補助金によって未来永劫続く地獄、それは元来の労働の喜びを消失させポジション争いに終始させる。

それともうひとつ、この問題を問う時、必ず考えねばならぬ古くて新しい、我々の出自に関わる問題がある。

象徴天皇制という現代にはおよそ似つかわしくない制度だ。

まず天皇には人権がない。職業選択の自由が無い。人権のない人というのは奴隷やペットと同じだ。この矛盾に一番苦しまれたのは現天皇陛下正にその人だ。私たちは彼の犠牲の上にかろうじて成り立っている。陛下は「象徴」という存在に対して真正面から取り組み一定の答えを導かれたが、我々がその事に向き合う態度が、本当はそれではいけないという事を、少なくとも過去には知っていた。

事実上、天皇は今も神なのだ。

この事はマッカーサーが指摘した様に日本人の精神を12歳の子供に固定してしまっている。それは一向に成熟しない日本人の人権意識として現れている。

天皇という万人の父親の元から自立独立出来ていない子供のマインドを日本人一人ひとりに深い意識下で影響している。

跋扈するカルト教団がしょっちゅう事件を起こす。オウム真理教事件で炸裂したが破防法の適応がなされなかった、その後この事件が徹底的に追求されることもなかった。それはカルトがこの国のビジネスとして深く侵食している事が起因している。

今我々の足元を揺るがす貯金流失、振込詐欺により人々の貯金が国家予算を超える規模で流出している。これにも背後には自立思考しない洗脳状態の作業員が関与する。ある種のカルト教団的ギミックがビジネスとして使われている。それどころか名だたる大手企業ですら宗教儀式のような新人研修やセミナーを行なっている。これは本当に由々しき事態だ。

このカルト宗教に思考と精神を乗っ取られた日本人のマインドが圧倒的に他国を凌駕していたにもかかわらずイノベーション競争に負けた根本原因だと私は考える。

天皇の人権を問題視しない態度は根本的な人権の軽視があると思われる。

人権を軽視する思想は庶民の中に広がりつつある。それは何も持たない一民が家の仕事や血縁による財産を羨む傾向が日に日に強くなっているからではないだろうか?

総理大臣ですら家業で行われる。民間人が総理大臣になった例など数えるほどしかない。田中角栄菅直人、その全てに恣意的に虚偽の悪評をつけられている。そこには嫉妬や僻みだけではなく、歴史修正を用い、意図した利益の囲い込みが見え隠れする。

市井の民は持って生まれてくることが自力で業を起こす事より良いことだと思っている節がある。

そういった状態で「象徴」から「人」へということが素晴らしいことに思えないという我々の社会が持った病巣がある。

天皇制の矛盾は天皇一家の家族の問題をも脅かしている。下劣な週刊誌やネットメディアに度重なる嘘を書かれることは恐怖以外の何物でもないだろう。

昭和の天皇は子息に当てた手紙の中で、太平洋戦争で負けた原因を、国民が道理を重んじず神秘主義に走った結果と指摘している。我々は今もその傾向をエスカレートさせてはいないか?

儒教や仏教の神を排する思想は江戸時代の庶民の根本をなしていた。それを取り上げる施作を何者かが画策した。論語老子のテキストは改竄されその真の意味を知ることは困難になった。

しかし我々が、この困難の中に立って自死せず生き残るためには真の「仁」が必要なのではないだろうか?

「仁」には人権の意があると読めるのだ。