仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

ジャシー・スモレットは見たくないとすると

■ジャシー・スモレット氏はヘイトクライムを装った虚偽の通報をしたが、加害者とされる協力者が証言して発覚しシカゴ警察に起訴されたが、ボランティア活動をすることと保釈金を没収されることで起訴は見送られた。形式上無実だ。

麻薬使用で逮捕されたピエール瀧の出演作品や楽曲を見せないようにする社会的な動向には断固反対だけれど、ジェシースモレットは見たくない。

そもそも「「「見たくない」と思う人」もいると思う」という理由で組織が商品を回収するのは、人間的な思い遣りではなく、会社のイメージ戦略におけるセルフィッシュな防衛行動でしかない。

では二つの「見たくない」の差は何だろう。

1、自ら麻薬をやった者は見たくない

2、意図的に騙しを行った者は見たくない

麻薬というものは依存性の高い薬物で、人を奴隷状態に拘束する為に使う。健康被害資金洗浄、麻薬の問題は色々あるが一番罪深いのは「一方が極端に相手の自由を奪った取引になる」ことで「法律で禁止されているのに中毒性に打ち勝てなかった意志の弱さ」という只のルール違反ではない。

「見たくない」と感じてしまうのは極悪人だと感じるからだ。

このねじれはなんだろう。

人を騙すことが氾濫し騙すこと自体が悪ではなくなり始めているのか?そうではないだろう。

結局、情報の氾濫が起きても、情報を基礎知識で正しく処理できれば、正義は貫徹される。

正義の話をするべきだ。その為に仮説を立てる。

 

情報の氾濫を戦術として用いる者が現れてきた。無関心に追いやられ負けるか、知識を持って立ち上がるか。