仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

悪を愛する人々が世界を悪にする

■差別は必要悪、競争は必要悪、暴力も必要悪。悪癖を肯定する事に執着する人々がこの国には多い。敗戦と東洋コンプレックスによるものだ。

でもそれは単なる逃げ。

呑み屋でクダを巻いているうちはいいけれど、保守派と称して意図的に三流大学等で研究機関まで作って無意味な研究を続けている残念なブレーンは排除した方が良い。

教育でも経済でも外交でも移民問題でも、決断するときに「善意」や「理想への挑戦」を軸とせず、無用な「下心」と安い「利益」に固着すると大きな成功には結びつく訳もなく、現状のように失敗が続く。戦略的互恵関係、ではなく日中友好。高度技能者の選別、ではなく多様性の重視。

「地に足のついた」とか「泥臭く」とかいう現実主義的主張がトレンドだが、責任が自分に降りかかるのを嫌がり決断を避ける無策無能の逃げやサボタージュではないか。それは悪人が悪に落ちるプロセスだ。それが指揮官やジャーナリストだと下階層まで巻き込まれる。

根本的に人間は、「現実」ではなく「理想」が示されないと“will”がおきない。

世界が良くならない。

「バカは死ぬまで生きる」とはよく言ったものだ。善でなければ良くはならない。世の中、現代は特に複雑に見えても道理は曲がらない。