仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

反転性が成り立たなくなっているとしたら

■自分がやられたら、どう思うか?

ハムラビ法典「目には目を」はその直後から誤解され続けていると思う。重要なのは自己反転性を考えることではないだろうか。しかし、それもエミールの中で早くから疑問視されている。常にいつ死んでも良いと思っていたり、道化を演じている人達には通用できない。

ちゃんとした精神と肉体と経験があってこそ、人は人の気持ちになれる。

匿名掲示板に書き込まれた意見が世論を形成する時代、挑発や比喩、皮肉が正しい形で受け取られなければ現状のように荒廃する。

それらが連鎖して、ますます自分の尺度で物を見ることができなくなる。

ポストトゥルースの時代といわれるものの正体は、反転性が成り立たない世界の事ではないだろうか。

しかし、なんとしてでもそれには抗わねばならない。仮説を立てて自分ならどうするかを考える習慣を多くの人が持たなくてはいけない。