仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

中高年の学校が必要だ

■中高年の破壊に思う。

メールの中に沢山の絵文字を使い、中身のない会話でなんとか同調感を演出しようとする。文章を考えるのも面倒臭いのだろう。

何故、深い話ができないのかは、考えてしまうと言い知れぬ深い恐怖にぶち当たるからだと思う。

本当のところこの社会は破滅の縁にある。ひとつは消費社会のもたらす精神の破壊と、もうひとつは大枠からくる生活環境の破壊だ。

明るさや楽しさの感情だけで、人間性を維持し続けるのは難しい。しかし、現存の社会生活は、悲しみ、怒り、迷い、を表に出す事ができないのに、嫉妬を強要する構造になっている。これが精神に強烈な不合をもたらし人を破壊させる。甘ったれていると思うかもしれないが、これは思っているより深刻だ。人の不安定さは社会を壊す。そしてすでに表出してきている。

生活環境の破壊は、食、環境ホルモン、DNA組換え食品、大量生産による均一した食物の経口摂取から始まり、土との接触、自然の中での生活が極端に減った都市環境が五体に与える影響、それと核家族化した家庭生活、群としてのコミュニティの消失が精神に与える影響がそれにあたる。どちらも自己解決をするには都市を捨て、自己実現を捨て、(価値観)を捨てて、過去に捨てた価値観に戻る必要がある。それは自己否定に他ならない。

40代から上の世代はロストジェネレーションなどと呼ばれ、常に無視され続けてきた世代だが実は常に問題の中心にいた世代でもある。

その問題の傾向は労働環境の変化に代表される。知らず知らずのうちにルールの変更が加えられ、再起運動の中で自覚なく衰弱している。派遣労働、低賃金、デフレ、症状に名前が与えられる頃には手遅れになってしまっている。

この傾向は前から来て後ろへ後退している様に感じる。50代から来て、今は30代から20代へと形を変えて移っていっている。自殺者のデータがそれを物語っているのでは無いだろうか。

今、振り返って一番欲しいものは何かと聞かれれば、その症状からお金と答えてしまうが、本当に必要なのは、知識だ。

発明の知識、生きる為の知識。心理学、精神、病気とその発生について、労働と福祉、地域社会への参画について。中高年には学問が徹底して不足している。

20代より後の学校が必要だ。

ものには必ず光りと影があって、一見鼻を摘みたくなるようなものにも利点があったりする。実は、人権侵害と揶揄しているが、中国の再教育施設にはその機能がある。

 

経済政策として、生涯学習制度と中高年の学校制度の設立を検討し、実現して欲しい。

 

中国を反面教師とするならば、キーワードは「非強制」、今の小学校だって6歳で強制せず、60歳になってから通う選択ができても良い。