仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

人ではない「人」だとしたら

■九条問題の一つに、自衛隊憲法に明記すると明らかな意味の矛盾が生じてしまうという事がある。「戦力は持たない」と宣言して「国軍を持つ」事になる。

憲法は国の数だけ存在して、中には意味不明な憲法を持つ国もある。それは致し方のない事だけれど、他の国々は、そういう国が世界の中で実務的に重要な働きをする事に疑義を持たないでいてくれるだろうか?

天皇には人権が無い。しかし人間宣言がある。古い矛盾を解消する事なく、新しい矛盾を付け加える。どうもこういう流れが懸念されるという訳だ。

人ではない「人」とか、普通の戦力ではない「戦力」とか言われると、それには私の理解を超える「何か」があり「規格外のスゴイもの」という感じを抱かせて、その神秘的さに興奮させられてしまう。これは我々の悪い癖だ。

しかも、こう言った論理矛盾を、「理解できない凄い何か」や「今は言えない凄い何か」として、人を騙したり、トークで自分のペースに引き入れたりすることを、多くの人が日常的に行なっている。

とくに首相をはじめとする今の政府が多用している手段だ。国会での議論を避けて別の場所で国の進む方向、政策と意思決定を行なっている。「お前達には言わないよ」という態度が支持率を上げている。おぞましい事態だ。

こういう騙しの手口が溢れるとどういう世界がやってくるのだろうか?

 

人ではない「人」だとしたら、何かとてつもない凄い「人」なのだろうと思ってしまうが、実際はマスに人生を蹂躙されそれでも訴訟や言葉で権利を守ることすら許されない、堪え難い世界の住人かもしれないという事を少しでも思いやる必要があるのではないだろうか?