仮説を建てる

仮定の質問にしか答えはない

大阪は「都」ではなく「大阪道」になる。

■橋下は二重行政だとかごちゃごちゃと嘘をついているが、

アメリカの寝ぼけた金持ちに「大阪も東京と同じだからカジノ作って!」と言いたいだけ。

人間の発心は結構簡単な言葉で言い表せる。これは大阪人に深く根強くプリンティングされた東京コンプレックスに過ぎない。それを誤魔化す為にテレビ等で演技して見せる訳だ。呼称を求めているだけだが、それは「言葉」を破壊する行為で、その自由はない。現に二重行政は無いのになぜ求めるのか?これはカジノの住民投票だ。

そう遠くない将来、日本全土を襲う経済崩壊により、大阪は全域が一度は消滅したはずの「あいりん地区」化する。

今打つ正しい手を打たないのであれば、

愛隣市とでも名乗っておいた方が良いのではないか?

杉田水脈の自虐

ネトウヨ、ビジネス右翼に感じる吐き気をもようすような嫌悪感は、自民党の集票に対する異常な執着から来る。

政治、投票、議員を生業にする時、「困っている人を助ける」という視点が抜けて、「組織の陣取りゲームに100%寄与する事で救われる」というカルト宗教の運動にすり変わったとき、「人からウケをとる為に、チンケなピエロになる。」

 

「良いことをしなさい」というのは現実感のない甘っちょろい理想論ではなく、我々のレゾンデートルを取り戻す為に必要不可欠な精神のひとつだ。

金や組織への帰依では、真の国難は切り抜けられない。

 

東京オリンピックインパール作戦化した2020年、資源不足で特攻攻撃し、地上戦が始まっても少年兵を動員しようとした1945年の大日本帝国の負け戦精神がいまだに続いているのは、多くの日本人が現状を認否できず、降伏したのは天皇だけという日本人の致命的問題が未だに払拭できていないことに由来する。

もっと言えば出来の悪い軍隊のような会社社会で、集団の中で自虐し組織に取り入りながら生きることは、精神が自立できていない結果だ。

女性の中にもそういう人物がいて、国会議員にまで選出されてしまう今の事態は本当に危機的だし、おそらく日本滅亡の兆候の一つなのだろう。

 

 

アベ政治の総括を総括する

電通の、

平和ボケを使った、

平和ボケによる、

平和ボケのための

金持ちの政治。

 

結局、憲法改正はしない、世界ではリベラルと評される、国内支持票のために保守派を演じ、やることは新自由主義的政策と自民党の伝統的な汚職

現実主義や状況主義的な態度が、分断される中間層の上位に評価されたという、今の日本人にありがちな、信念なし、場当たり上手、状況サーファー。現在の一般的ダメ人間の鏡が、アベだったという訳だ。

コロナが来て、何もできなくなって、尻尾巻いて逃げることになった。

 

これは平和ボケ以外に何が言えようか?

 

これから真の危機が来る。その時、危機に強く正義感に溢れる本来の日本人は蘇るだろうか?

ポピュリズム国家日本では大阪なおみを受け止められない

自民党議員が大阪なおみに賛辞を送った直後に謝罪させられた。女性蔑視、伊藤詩織氏の件も自民党は正しく被害者対応できない。なぜか?

これは警察官僚内部にも渡って、犯罪に対する概念の違いが関わっているように思う。犯罪とはルールを守れない悪人が衝動や癖で起こすものが全てではなく、むしろそれらは少数で、愚かさや無知、失敗によって陥ってしまうものであるという事実を知っているかどうか。

加害と被害の構造の理解が足りないのは教育や周知させることで容易く超克できる。社会基盤構築をするならこう言った知識はシェアする必要があるが、日本のマスメディア、テレビ産業は金への執着が高いのか、評判への執着が高いのか、「大衆はこういうのが好きだろう」という雑な偏見で番組を作る。結果として社会基盤の形成よりは生理的欲求に準じた社会基盤の破壊を加速させる番組のオンパレードになる。更により醜悪なのはそれに陥らないようにと政府公報を買って出てしまう。その政府公報が「大衆はこういうバカ」という舐め腐ったシナリオライトで作られているので、より強靭に社会基盤を壊す放送がなされる。

これがポピュリズムのなれのはてだ。

 

「いじめ」加害者のパターンは次の通り

・加害の罪の重さに気が付いていない

・大罪を犯したことを認められない

加害者に気が付かせたところで、自認し修正する者がいても、表面的に反抗する者もいる。無記名の世界はその自己認識否定に力を貸してしまう。だから悪いと思っていることを肯定してよがる。

社会基盤がその犯行を許さないという強い態度を取らなければ問題は変わらない。

社会を変えるには被害者となったときの行動にかかっている。

それと、自分が気がついた時に、同じような被害者に寄り添うという態度が重要なのだ。

 

 

ふるさと納税GOTOにみる日本版共産主義崩壊

零戦が終わった90年代、ソ連の崩壊、中国の衰退を社会主義の衰退として、「何もしないで給料がもらえる国は死ぬ」などと言う暴論が跋扈していた。

実際は「自由の欠如」による民衆の酸欠状態だったと思う。汚職蔓延はその表象、生きる価値が私腹を肥やす事にしか結実しないのは自由の欠如だ。それが後に解として出される「ペレストロイカ」や「富める者から富め」の政策に現れていると思う。『セカンドハンドの時代』にそれが描かれていたと思う。

国内では夜中まで使命感を持って働く官僚たちがマスメディアと民衆に悪の権化とレッテルしてやり玉にあげ、『官僚たちの夏』を志すような人々を尽く追い出した。大蔵省解体がその始まりだった。バブルの崩壊の責任をあてこすられて、恨まれるまともな権力は崩壊した。

その後に経産省の出す、民間の尻拭い政策、ふるさと納税GOTO、エコポイントのような、ポピュリズム政治に乗った中小事業者がその後にエライ酷い目に遭うことが多発している。

共産主義の崩壊とは、巨大化するシステムの中で、自由が担保できず、何が使命であるか?何が人の役に立つのか?逐次自分の頭で考えて行動する人間を排除した結果、人々が自由の不足で酸欠の状態になり瓦解するプロセスのことだと結論すると、日本でもそれが起こっている途上にあることがわかる。が、30年かけてゆっくりと起こっている為に誰も気がついていない。

つまり我々はもう既に茹でガエルとなっている訳だ。

茹で上がったカエルが、なんとなく動き回っている。極度に熱いお湯の中を泳ぎ回っているなんとも不思議なカエル達の行き着く未来は、高温ガエルに進化した新人類の世の中なのか?

ほとんど自分の頭で考えることをせず、刹那的に笑えることだけを追い求め、私生活は始終演技でやり過ごす。

適応するゾンビ。

なんとも気持ちが悪い。

恐怖の根幹にあるもの

■今、多くの下級市民は、「自分が騙されているのではないか」という疑心暗鬼に晒されている。

この不安は、当たっている。しかし、誰に騙されているのか、多くの者は理解できていない。その現れが、メディア不信や公務員不信などの、社会不信となって表出してきている。

しかし、本当に自分を騙している者は、企業体であり、自身の雇用主である。

今、庶民は家族から切り離され、夫婦2人といった小さな集団での生活を強いられている。その結果自分の中規模のアイデンティティを会社に求めるしかなくなるのである。その会社から自分が騙されていると認知することは極度の苦痛を強いられる。会社人間ではないと自称する人でも、この20年間、自分が不当な搾取を受けてきたなどということは信じたくもない。しかし事実だ。

その為に認知の不正が起きる。

フリーで働いているものも、派遣やエリア社員、パートで働く者も皆同じである。自身の収入を思いのままコントロールできている人は少ない。相当顔の売れた文筆家でもない限り。それでも不安は消えない。

もし自分が1000年前の農民だったらどうだろう。奴隷だったとしても、自分の首根っこを掴んでいる人間の顔くらいは見ることができた。しかし、今の時代はご主人様の顔はおろか、姿形も見えない。いるのかいないのかすら分からない。この恐怖と言ったらない。

今の政治状況。

■右と左の対立。は、全く無い。

右翼が左翼のような事を言い、左翼が右翼のような事を言っている。あるのはカオスだけだ。

今あるのは只の「推し」政治だ。

あるアイドル政治家が「健康管理の為に自分の便を毎日食べてチェックしています」みたいな発言をする。皆、ギョッとする。このようなトンチキな状況が発生した時、ゲームが始まるのだ。「ボクも毎日うんこ喰ってまーす!」みたいな発言を打ち込む輩が現れる。アクロバティック擁護(当然、嘘)を演じて見せるゲームだ。

しかし、そのうち、自分の推しが言っているのだから、本当に「うんこ食えるのか?」と思う人が現れ、食べてしまう人が現れる。それも、相当な数の人がやってしまうのである。

この例え話は決して行き過ぎでは無い。

これは詐欺ビジネスと同じ手法である。

ジャパンライフの広告等に加藤勝信厚生労働大臣が使われていたり、消費者庁が寄生されて、天下り先になっていたり、安倍晋三は毎日、仕事の進め方について山口隆祥にメールで相談していたとか。

アベ政治がなんだか得体の知れない人々の傀儡政治であったことは陰謀論ではない。首相が明らかに自分の言葉で喋る人物ではなく、手元のペーパーやスピーチ原稿、それも他人が書いたものを棒読みする国は少ない。先進国では日本くらいだ。皆、首相は自分の頭で考えた言葉で人を動かす能力を備えた仕事のできる人物がなる。傀儡政権は仕事のできる人間が首相になられると困るからこうなるのだ。そしてそれは今も未だ続いている。

喰ってはいけないものを食う人が増えてしまった時、当然その中には病気になってしまう人たちが出てくる。「オレの騙しが効いて、あいつうんこ食ってる〜!」と笑っていると、変な病気が蔓延し、知らない間に自分にも害を及ぼすことになる。

自分の住む自治体の税収が、ふるさと納税によって壊されているのがいい例だ。返礼品の肉食ってよがっていると、税収減から水道管理が滞り上水道から検出の難しい毒が入ってくるかもしれないし、自宅の前の道路が陥没するかもしれない。

政治が、推しを押すだけのゲーム、敵と味方の陣取りゲーム化した今、大衆をバカにしてクラウド群集煽動のゲームとした時、我々にはね返ってくる罰は政治の喪失そのものだ。つまり独占と寡占の世界で孤立し、共益の無い世界、家族や夫婦でさえもバラバラな永遠の孤独の世界だ。自助がはじめに求められる世界、これは墓場の中にいるより辛い世界だ。

その寂しさが、一方的な愛情「推し」の心理をエスカレート(加速)させ、「推し」でのみ考えるようになる。

必要なのは人をアイドル化する信仰的な愛ではなく、漠然とした世界への愛情。博愛、友愛、と言った見えざるものへの愛情、過去や未来への愛、一方向への偏愛ではなく、多重方向への愛情、「やさしさ」仁である。

政治に必要なのは意見の違う者と折中案を見つけ出すことだ。「あいつはスパイでオレをディスる為に生きている!」などというパラノイアの思考(疑心暗鬼)が心を支配している人間は絶対に政治家や首相になどしてはいけない。鯛は頭から腐る。国全体に恐怖が蔓延してしまった。

昔の人ばかりでなく、政治家の中には今でも仁に生きる者がいる。仁の字は天皇の名にも与えられる人の目指すべき姿を表している。

多くの人が日々競争させられ、会社内ではハメ合いのゲームをさせられ、勝ち目のない、鈍感な奴だけが立っていられるような、見えない恐怖に操られている今の日本だが、本来、恐怖をコントロールできれば博愛を標榜し、人はもっと暮らしやすくなる為の政治ができる。その為に武器商人から武器を買っているような人間はアウトだ。内面から恐怖を打ち消す行動を図るのべきだ。今日、日曜討論に出ていた自民党の政治家は、到底無理そうな面構えの奴らばかりだったが…。

人間は多くを愛することができない生き物なのかどうか結論できるであろうか?、ダンバー数を超えるテクニックこそが必要なのではないだろうか。